わがままやエゴにはいろいろありますが、なんでも悪いものと決めつけて、自分をごまかさないようにしたいです。
おかねがないわたしたちは、おかねが欲しいというエゴを遠慮せずにもっていきましょう。
エゴとモチベーション

みんなだれであっても、他人に認められたいです。

なにをするにしても、
- 周囲のひとに優秀と賞賛されたい
- みんなにスゴイなあと思われたい
という認められたいエゴをもっています。

一方、みんなだれであっても、純粋に自分からやりたいことがあり、

- おいしい料理を提供したい
- 自分の専門的知識を伝えたい
- よろこんでもらえる商品を販売したい
という内なるモチベーションをもっています。

そして一般的には、エゴを捨ててモチベーションへ集中することが推奨されがちです。

それは、もうすでに周囲に認められてエゴが十分満たされている、立派なひとがそう言うからです。

でも、わたしたちしがないサラリーマンは、エゴももちながらモチベーションを保つくらいがちょうどいいはずです。

健全なエゴとモチベーションの共存をしっかり意識して、戦略を立てていきます。

もしエゴがあるのに気づかない聖人のフリをすると、共存できない戦略になってしまうからです。
“おかねが欲しい” と “ひとの役に立ちたい”

さっきの話で、
- エゴ = おかねが欲しい
- モチベーション = ひとの役に立ちたい

と置き換えると、“おかねが欲しい” と “ひとの役に立ちたい” は共存できることに気づきます。

どちらも達成できるように戦略を立てていきましょう。

ここでもし、“おかねが欲しい” 気持ちをムリやり押さえ込んでしまうと、

“ひとの役に立つ” けど儲からない行動ばかりしてしまうようになります。

わたしたちサラリーマンは、“おかねが欲しい” というエゴをごまかさず正直に暮らさないと、おかねに困らない生活にはならなそうです。
まとめると

“おかねが欲しい” というエゴと “ひとの役に立ちたい” というモチベーションの両立を目指して、精進していきたいです。
おかねに困らなくなってから、ゆっくりエゴを捨てていければ良さそうです。
ギャンブル依存は投資に向いている

ギャンブル依存のひとは、ずっとギャンブルしてきました。

ドーパミン中毒となり、ギャンブルをつづける と ギャンブルで勝つ の両方を求める日々でした。

“奪い合い” で “だれの役にも立たない” ギャンブルをつづけたために、
いつもおかねに困るようになりました。

主戦場を、“ひとによろこんでもらう” 株式投資に換えるだけでいいんです。

自分の資産を増やしたいというエゴももって、世界中の企業に託していきましょう。
しぜんと両立しながらおかねが増えていきます。

エゴとわけのわからないモチベーションとの両立を目指してきた、ギャンブル依存でよかった。
これからゆたかになりましょう。