ギャンブル依存のひとは、勝っても負けても反応が乏しい以外に、イカれている賭けっぷりも際立つ特徴です。
ギャンブルを楽しむひと と ギャンブル依存のひと とでは、
- 賭け額比率
- 月収分の勝ち負け後
賭け方がちがうので、すぐにわかります。
賭け額比率

大学生のころよく読んだ阿佐田哲也さんの本のなかで、

ギャンブル狂にとって、
- 賭け額の多い少ないはあまり関係なく
- 手元額と賭け額との比率が大事

という、ドーパミン放出場面を連想させる、ギャンブル依存の賭けっぷり表現がありました。

- 1000万円もっているひとの1万円か
- 2千円しかもってないひとの千円か

2千円しかなくても迷わず千円を賭けられるのがギャンブル依存、

というか、どれだけ生活費に困っていても、その千円を賭けてしまうひとたちです。

たとえ借金があっても手元資金の大半を賭けていれば、まちがいなくギャンブル依存でしょう。
月収分の勝ち負け後

ギャンブルを日常的にやっているひとでも、
- 1日で月収分勝つか負けるかで、手が止まりやすい

という内容も同じ本にあった気がします。

たしかに、
- 月収分勝つと、“これくらい勝ったからなあ”
- 月収分負けると、“これ以上負けるとなあ”

リミットがかかりやすいラインで、

とくに、想定以上に儲かったひとほどやめてしまうでしょう。

しかし、ギャンブル依存はまったく手が止まりません。おかねが欲しいのではなく、おかねを賭けたいだけなので、

勝てるときにどれだけ勝ち切るか、理由をつけてノッテるときこそもっとかぶせて攻め続け、

反対に負けるときは、給料直後以外ほとんどおかねをもっていないため、月収分までは達しにくいです。

まあ、月収分おかねが動いてもギャンブルをつづけていれば、まちがいなくギャンブル依存でしょう。

それなりのギャンブル依存経験者にしかわからない、しかもなんの役にも立たない、だからどうしたネタをお送りしました。

そういうひとたちとずっといっしょにいるから、異様な掛け方こそ当たり前、いわゆるギャンブル依存あるある、

ただただドーパミンに溺れる日々だったです。

なんとも情けない、恥ずかしい、でもなつかしい、とんでもないことになってたギャンブル依存時代の想い出はなしですが、

いまの投資生活に役立ってる気もするから不思議ですねえ。